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若いビジネスマンにオススメ!今すぐ身に着けたい伝える力

伝える力

池上 彰

 

 

「分かりやすく伝える力」はすべての人間関係とビジネスの基本

この本は、フリージャーナリストの池上彰氏が、主に20代、30代の若手ビジネスパーソンに向けて書いたものである。

 

しかしその内容は、ベテランビジネスマン、就職活動中の学生、子育て中の親など、幅広い人々にとって役立つ内容である。

 

さらに、ビジネスだけでなく、結婚披露宴のスピーチや同窓会、普段の何気ない会話に至るまで、「伝える力」は実に重要な働きをする。逆に言えば、どれだけ素晴らしい資料を作っても、それを伝えるプレゼン力がなければ、相手には伝わらないし、場をなごませるつもりで言った一言が、相手にとって地雷となり、場を凍りつかせることだってありうるのである。

 

ビジネスの基本を身につけたい人、あるいはプレゼンなどに苦手意識がある人、また部下や家族とのコミュニケーションに、いまいちギャップを感じている人などにもおすすめである。

「自分は知らない」ことに気付くところから「伝える力」は生まれる

池上氏は1994年より11年間に渡りNHKの「週刊子どもニュース」のお父さん役を務めた。この番組は、こどもたちだけでなく、多くの大人たちにも「ニュースが分かりやすい」と好評だったという。

 

池上氏自身も、この番組作りを通して実に多くのことを学んだそうである。この番組では、ニュース原稿を事前に出演する子供たちに読んで聞かせて、子供たちが「わからない」といったら分かるまで書き直していたそうだ。

 

このように、伝える力を磨くには、まったく知らない人に説明することを想定するとよい。それは単にその単語を「覚えている」だけではだめで、その物事について根底から理解していなくては、伝えることができないのである。

 

自分がいかに本当は「知らない」のかを思い知らされる。それが「伝える力」をつける第一歩なのである。

プライドが高すぎる人は成長しない

池上氏は若いころは報道記者として各地を駆け回っていたが、当時はせっかく書いた原稿を上司にダメだしされて突き返されることがしょっちゅうだったという。

 

しかし文章で物事を伝える場合、人の意見を聞くことなく上達することはまずない。何度原稿を修正されても、謙虚に人の意見に耳を傾ける姿勢がなくては、成長も上達もしないと説いている。

 

逆に、自分は文章が苦手だとか、しゃべるセンスがないと感じていても、謙虚に先輩の文章や話に耳を傾け、絶えず学び続ける姿勢があれば、いつしか成長を遂げることができるのではないだろうか。

 

「伝える力」に一番必要なものは、実は「聞く力」なのだという。周りに耳を傾け、謙虚にかつ愚直に努力を重ねることの大切さを改めて感じさせられるのではないだろうか。

ビジネス文書の上達法は一見アナログな「あの作業」から

企画書や報告書、提案書など、相手に伝わる「ビジネス文書」を作成する力は、現代のビジネスを進めていくうえで不可欠な能力となっている。それをふまえて池上氏が推奨する方法は、意外と古典的である。

 

まず、先輩や上司が書いた文章を読んで研究すること。さらにはそれらを書き写すことである。加えて、キーボードで入力するよりも、鉛筆やペンを使って書き写していくほうが、より勉強になるのだという。

 

これは実際に池上氏がやってきた方法であり、さらに作家を目指す多くの人が文章力を磨く練習として取り入れた手段だという。今はスマホやスキャナーで瞬時に文章を複写できる時代である。

 

しかし、あえて自分の手で、一文字ずつお手本を書き写すという一見アナログな作業こそが、文章上達の近道であると池上氏は説くのである。

ビジネスにおいて「絵文字」が不要な理由とは?

メールやラインのやりとりにおいて、いまや必要不可欠となった「絵文字」。

 

しかし、池上氏はビジネスにおいてあえて絵文字を使う必要はない、と主張している。

 

なぜならば「これらの文字は『逃げ』であり、『手抜き』である」からである。文章は本来、文字だけで相手が的確に理解できるものではならず、それには相応の思考力や表現力が必要である。

 

これが絵文字だと、たとえば泣いた顔の絵文字一文字で「悲しい」という思いを簡単に表現することができる。これに慣れてしまうと、物事を掘り下げて考えなくなり、思考が停止してしまうというのである。


今や、お茶の間でその顔を見ない日はないほど話題の人となった池上彰氏。「伝える力」を磨くために彼が唱えるのは、驚くほど地道で平凡な努力の積み重ねであることがこの本から読み解ける。そしてそれは、まさに池上氏の生き方そのものではないかと感じさせられるのであった。