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平和なのは戦わないことか?それとも戦って守ることか?

カエルの楽園

百田尚樹

『楽園』とは一体なんだろうか?平和とは一体なんだろうか?


これはカエルの世界の物語でありながら、どこか私たちに向けて今のままでいいのかと問いを投げかけた物語なのかもしれない。


これは百田さんが全国民に発する警世の書なのだろうか?

自ら新たな道を切り開くべきだ

命を脅かすダルマガエルの出現で若いカエルと年配カエルの意見が対立する。


若いカエルのソクラテスは安全ではない生まれ育った地を捨てて新天地を目指すべきだと提案する。だが、年配カエルたちは運命に逆らえないと留まることを決める。

 

果たして安全で平穏な場所があるのだろうか?新天地を目指す若いカエルたちには命の危険を伴う試練が次から次へと降りかかることとなる。


旅に出たことは間違いだったのか。それとも、安住の地はどこかに存在するのか。若いカエルと年配のカエルのどちらが正解なのか。

安住の地は存在する?

ナパージュというカエルの国に到着したのはソクラテスとロベルトだけ。道を切り開くということはそれだけ大変なことなのかもしれない。

 

そこはカエルを争いのない平和な地であり誰も襲ってくることはないという。


親切なカエルしかそこにはいない。凶暴なカエルはどこにもいない。まさに『楽園』だ。


平和を愛すれば敵はこないという。そんなことはあるだろうか。首を傾げたくなるような『三戒』というものが存在する。

 

  1. カエルを信じろ
  2. カエルと争うな
  3. 争うための力を持つな

 

これで本当に平和でいられるものだろうか?疑問を感じずにはいられない。近隣には凶悪なカエルの存在もある。『謝りソング』なるも存在する。


このナパージュを守っているのはワシのスチームボートかもしれないという。三戒ではなく。争わないカエル、ワシに守られた国。近隣には危険な者も存在する。

 

これは、もしやと思い浮かぶ場所がないだろうか。ワシってあの国の象徴ではなかったか。なんとも興味深い物語である。

迫り来る危険の先には何が!?

近隣の凶悪なウシガエルが平和なナパージュに近づいてくる。


危機が迫っている中、『三戒』があるから大丈夫だという者と近づく前に戦い阻止するべきだという者。


『三戒』があれば争いは起きない?そんなことありえないのではないだろうか。ウシガエルには関係ない話だ。襲ってくるに違いない。それでも戦わないというのか。


守ってくれるワシのスチームボートも共に戦えば守ることを約束したのに、首を縦に振ろうとはしない。それどころかスチームボートを追い出してしまう。

 

「戦うべきだ」「三戒を守るべきだ」「戦うことは違反だ」どこかで似たような話を聞いたような気がするだろう。果たしてナパージュのカエルたちはどうするのか。

本当に大事なことはいったい何だろうか

侵略するウシガエル。そのとき事件は起きる。自分の身を守っただけなのに戦ったと三戒違反だと処刑されてしまう者がいた。


「守るために戦う」「三戒違反はするべきではない、だから戦うな」


果たしてどちらが正しいのか。争うことを推奨するわけじゃないけど、命が脅かされてもなお戦わず三戒を守るべきということはおかしいのではないだろうか。

 

『三戒を守って、この国が滅んでもいいじゃありませんか』


そんな台詞が出た。これって本末転倒なのではないだろうか。

 

ウシガエルに支配され虐殺されても三戒を守る。それで三戒が国を守ってくれると言えるのか。矛盾だらけだ。楽園などと言えない。

平和とは一体なんだろうか?

この物語は、カエルを通して今私たちが住む世界に警鐘を鳴らしていると言えるだろう。法を守っていれば安全だ。幸せな世の中でいられる。

 

本当にそうだろうか?


話し合いで解決出来ないときもある。まったく話が通じないこともある。だからと言って、戦うことは避けたい。何か打開策があればいいのだが、難しいことである。


守るために戦わなくてはいけない時もある。いわゆる正当防衛である。

 

この『カエルの楽園』を通じて、今ある私たちの生活を振り返り深く慎重に考えなくてはいけないのかもしれない。


どうするべきなのか。すぐに答えは出てこない。

 

平和とは一体何か?難しいことだと思う。カエルの世界のような事態に陥らないことを祈るばかりである。