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目的達成を目指しているひとに考えてほしい目的達成後にどうするか?

金閣寺

三島 由紀夫

1950年の7月に実際に起こった金閣焼失事件を題材にして作られた物語。放火犯として逮捕された若い僧侶が「美しいものに対する反抗」といった旨の発言をしたことが元となったと言われている。

 

テーマの根本は「反骨」であるが、そこにたどり着くまでの少年の成長過程も見逃せない。「家族」「親族」「友人」といった繋がりの中から「人生」や「性」についての悩みを感じるようになり、やがて「野心」とも言える「目的」を持つようになる。

 

よく考えれば「誰でも一度は通る道」「誰でも一度は考えること」なのだが、「最終目的に到達した後にどうするか」にも言及しており興味深い物語である。

内向的な幼少期の生活

言葉を発する時に「どもり」が混じるため会話が聞き取り難く、それがために「いじめ」を受けてしまう。内向的ないわゆる「おとなしい」性格となって成長する少年。そのことに何ら疑問を持たない幼少期ではあるが、成長するに伴って徐々に疑問を感じるようになる。

 

「いじめ」は決定的なものではなく、彼には少人数ながらも友人ができる。少年は「いじめを受け、友人もいない、やがて学校を去る」といった極端な描写はされておらず、どこにでもいるであろう「内向的な子」なのである。その辺りに現実味があり、共感を覚える方々も多いと思う。

少年の性への目覚め

少年の「普通さ」を表現するのに、「性への意識」も描写されている。少年はある夜、蚊帳の外で母が父とは別の男性と情事に耽っている声を聞いてしまう。「父を裏切った母の行為は許せない」と「モラル」を前面に出した感情でマスクしているが、奥底は「性の想像」が充満する。


また、別の場面で、少年は友人とある寺を訪れる。その寺の茶室で若い陸軍兵士に美しい女性が茶を供するところを目撃するのだが…あろうことか、女性は突然乳房を露にし、自らの乳を茶に注ぎ始める…。この時、物語では戦争末期、少年は10代中盤の設定になっている。茶室にいた男女は「別れの儀式」を行っていたのだが、少年には女性の美しさが強烈な印象として残ってしまう。

「誰でも…」を率直に描写している

内向的な性格として成長し10代中盤で思春期を迎える…そう、これは多くの人が「自分もそうだった」と思える少年(少女)像であるだろう。私もそうである(笑)。思春期から青年へと成長する少年。やがて「人生」を意識し始め、「目的」を持つようになる。それが「金閣寺への放火」である。


この少年の目的は別として、「誰でも…」ある時期になると「目標」「野心」を持つものである。そいうった意味からも青年期に「目標」を持った少年は「普通」なのである。良くも悪くも(悪い事であるが…)目的ができた少年はそれを達成するために考え始める。

 

「考えて計画を練り行動する」というプロセスに充実感を覚えるようになる。その繰り返しが彼を人間的に成長させ「人生」に活路を見出させる。彼が初めて「生きている」ことを実感し「人生」を前向きに生きるようになる。

目的を持たない人生もひとつの生き方

目的(金閣寺への放火)を成就させて青年はどうするか…彼は「死」を選択するのであるが…「何故そのような選択をしたのか?」「目的を達成することとは何なのか?」を深く考えさせられる。

 

現実に目を向けると「目標を持てない」「自分が何をしたいのかわからない」と言っている若者も少なくない。「人生に目的がない」=「充実していない」などと考える風潮もあるが、「目標を持てない」と考える方が案外正しいのかも知れない。

 

「目標」を持てば、それを達成するために多少の苦難も覚悟する必要がある。「多少ではすまない」場合もあるだろう。逆に目標がなければ苦難に直面する事もなく「苦痛の少ない」人生を送ることができるだろう。


「人生に目標を持つこと」は大切なことではあるが、「無理して目標や自分のやりたいこと」を探す必要はないと考えさせてくれる物語である。